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2009年10月

2009年10月26日 (月)

野村監督の評判

今回の楽天・野村監督の退任騒動について、野村さんと同年代の野球人たちの評判は芳しくないようで、広岡達朗氏は、「見苦しい」とバッサリ。黙してただ一言。「お世話になりました」と言えば人の値打ちは上がると手厳しい。更に野村は自分を「大監督」と思っているから傲慢な態度をのぞかせると徹底した批判をしている。

まぁ、野村さん自身、自署の中で、広岡さんはケチだと、批判しているからお互いさまかもしれないが。

更に、週刊ベースボールで豊田泰光氏も、この騒動について、「最後でミソをつけちゃいましたねぇ」とやんわりと批判。

なかなか、自分は実力者と思っている人物にとって、去り際というのは、難しいものかもしれない。

さてさて野村さんのこれからの進路は。広岡さんとのダブル解説を見てみたい。

2009年10月25日 (日)

越智のナイスリリーフ

セ・リーグ クライマックスシリーズ 第2ステージの第4戦、巨人が8-2で圧勝。3連勝で日本シリーズ進出を決めましたが、巨人のヒーローは満塁本塁打の谷と5回の大ピンチを2者連続三振を奪った、越智ではないでしょか。

特に5回1死満塁でリリーフ登板した越智は凄い。先発の東野が味方のエラーもあり悪い流れの中で連打を食らい、嫌な雰囲気の中での登板だ。
ましては、相手は一発のある、森野、ブランコ。狭い東京ドームでは、たちまち1点差になってしまう場面で、2者連続フォークで三振を奪い、流れを止めました。

中日は、6回以降ヒットはなく、勝負あったといった感じでした。また中日ベンチは8回に高卒ルーキーで、この日一軍昇格させた伊藤を登板させるなど諦めムード。少し興ざめなゲームに感じた。

試合後、落合監督は「来年は逆転している可能性がある。伸びしろのある負け方だった」。とコメントしたそうだが、ブランコが2冠を獲得し、若い、吉見、チェン、浅尾が台頭し、この日登板させた伊藤投手も来季を睨んでの登板だったのかもしれない。来季の落合竜が、不気味であるが、来季も巨人と中日の熱い戦いが期待できそうです。

2009年10月24日 (土)

脇役が活躍

セ・リーグ クライマックスシリーズ 第2ステージの第3戦のヒーローは脇谷亮太内野手だった。
2点を追う8回、2死二、三塁のチャンスから亀井の遊ゴロを中日・井端がエラーし、1点差。盛り上がる東京ドームで登場したのが脇谷でした。
ベンチに残っていた左打者は、寺内、鈴木、木村拓(両打)、工藤。右打者にもベテラン大道が、いましたが原監督の選択は、脇谷。

脇谷は、中日、浅尾の初球、内角低めのストレートを振り抜き、前進守備の外野手の頭上を越えて、打球は右翼フェンスを直撃の逆転2点タイムリー二塁打を放ちガッツポーズ。

原監督も試合後に「最後、ワキがね。まばたきしている間に打っていましたね」とインタビューに答えていました。
第2戦のオビスポ、大道といい、第3戦の脇谷と、脇役が活躍する原・巨人。

また、この試合で中日の先発は、「ニンニク注射」騒動の渦中にある吉見投手でしたが、原監督が試合前のミーティングで「同じ野球人で、CSといういい試合をしているわけだから、正々堂々と戦おう。彼(吉見)に対してヤジることはやめよう」と呼びかけたそうだ。

中日の西脇球団代表は、この件について、「やましいことをしている認識はないし、本人に落ち度もありませんから」と説明していたそうだが、「李下に冠を正さず」ではないが紛らわしい行為は、吉見投手を含め、中日側も不注意な行為ではなかったか。

この騒動の中で、登板した吉見投手が気の毒な気がしたし、折角の舞台に後味の悪いものを感じた。

2009年10月22日 (木)

オビスポ好投

セ・リーグのクライマックスシリーズの第2ステージ第2戦の巨人の先発はオビスポ投手でした。
先発のオビスポ投手は5回2/3を3安打2失点の好投でポストシーズン初勝利を挙げたのですが、4月の開幕時に誰が、この大事な一戦にオビスポが先発することを予想したでしょうか。
第一戦をエースのゴンザレスで落とし、第2戦も落とせば、2年前の悪夢を思い出すことになってしまいます。その重圧の中で好投したオビスポ投手は、まさに巨人の救世主ではないでしょうか。
今季、一軍初勝利を挙げたばかりの新鋭のオビスポ。巨人の外国人投手のなかでは、4番手の位置付けで外国人枠の影響もあり、ファームで調整する期間も長かったのに、腐らずに精進した姿勢は、巨人の若手投手にとっても良い手本でしょう。

それにしても第2戦は緊迫したゲーム展開で、盛り上がった試合でした。
もっともっと盛り上がっても良いと思うですけどねぇ。

2009年10月21日 (水)

城島、日本球界復帰

ソフトバンクからマリナーズに移籍していた城島健司捕手が日本球界に復帰することになった。
城島は2008年4月に結んだ総額2400万ドルの3年契約が2年残っているにもかかわらず、日本復帰を決断しました。
本人は「帰国して日本での野球を再開しようと決断した。家族と友人の近くでプレーするということが大きな要因だった」とコメントしたそうですが、日本球界としては大変喜ばしいことです。
我々、ファンも近くでプレーする城島選手を見たいですし、一流プレーヤーが復帰することは球界の活性化の為にも良いことだと思います。
実際に石井、井口と日本球界に復帰した選手が活躍しているだけに、城島選手が、どこに復帰するにしても、嬉しいニュースだと思います。

でも、これでかなり、ストーブリーグが燃え上がるか。

2009年10月13日 (火)

今岡獲得へ

今季、低迷した横浜。フロントの刷新も図り、チームの再建に着手したところであるが、13日のスポニチの記事によると、阪神から戦力外通告を受けた今岡誠内野手の獲得を検討していると報じられた。

横浜「来季の目玉」今岡獲りを検討 スポニチ

記事によると、03年に首位打者、05年に打点王に輝いた今岡の実績を高く評価しているらしい。
今岡選手は、35歳。かつては二塁手としてゴールデングラブ賞を獲得しており、一塁、三塁も守れると報じられていますが、最近は二塁手での起用はなく守備に関しては微妙だ。
しかし、打撃に関しては相手にとって、不気味な存在です。右手中指の手術以前のような勝負強い打撃が戻れば、結構な戦力になるだろう。

横浜の場合、二塁手の仁志が抜けて、藤田、山崎が台頭してきましたが選手層は手薄。
また、三塁もレギュラーは村田であるが怪我が多く、負担の少ない一塁での起用もありえるチーム状況ですから、守備を無難にこなせば、出場機会は増える可能性はある。

懸念材料は、性格的に闘志を表に出すタイプではなく控え選手としてベンチに置いて、ベンチの雰囲気がどうなるのか。この1年は試合にも出てなく全く戦力になっていない点も気になる。また、横浜は若返りを図る為に、工藤、仁志を退団させただけに、ここでベテランの今岡選手を獲得するメリットがあるのか疑問でもある。
同じ、東洋大出身で1つ年上の清水選手は、巨人から西武へ新天地を求めて移籍したが、結果を残せずに引退を発表したように年齢的にも復活するには微妙な年代である。

本当に、この記事の通り、横浜が獲得に乗り出すのか微妙だと思うが、年俸を2000万程度までダウンを飲むのであれば、可能性としては有り得るか。

本人も、年俸には、こだわらないとしているようですし、今後の去就を見守りたい。

2009年10月12日 (月)

阪神も育成部設立

優勝戦線から早々に脱落し、CS進出さえ逃してしまった阪神が、若手育成のために育成部を作り、今秋のドラフトでも育成選手を多数指名して、実戦経験を積ませるために、ウエスタン・リーグのほか、関西独立リーグなどと試合を行い年間200試合を確保する方針らしい。

育成に力を入れて成功した、日ハム、巨人に摸した育成だと思うが、プロ野球の裾野を広げるためには良い事だと思う。

今後、各チームが育成に力を入れようとすると多分、70人という支配枠では足りなくなるはずである。
育成契約の選手が増えてくると、これまでのイースタン・ウエスタンだけでは試合数が足りなくなるでしょうから、新しい活躍の場が必要になってくるはずです。

社会人野球が衰退する中、プロ野球の裾野を広げることは、とても大事な事だと思いますし、これで阪神が育成部を成功させれば、他球団も更に追随することだろう。

2009年10月 4日 (日)

崖っぷちの本塁打?

巨人の小田嶋正邦内野手が、怪我で登録抹消された為に、一軍昇格。
昇格した、その日に先発で登場しました。

小田嶋は横浜から仁志とのトレードで巨人入り。
07年は21打数4安打。08年は、無安打。
そして、今季、何回かチャンスを与えられたのに結果を出せず、この日の試合前まで17打数2安打。いくら、ファームで数字を残しても一軍で結果を出さなければ、年齢的にも戦力外になっても不思議ではありません。

もしかしたら、この日の試合が巨人でのラストチャンスかもしれません。そんな小田嶋選手の第一打席、2ストライクと追込まれてから見事に巨人移籍第1号を放ちました。
この本塁打でプレッシャーから解放されたのか、次の打席でもヒットを放ち、この日2安打を記録。生き残りを賭けた戦いがまだ続きます。

素行不良で解雇?

10月1日、今年も第一次の戦力外通告が行われ、各チームから戦力外の選手が発表されました。毎年の事であるが寂しいニュースであるが、実力勝負のプロの世界であるから仕方がないことではあります。

しかし、今回、日本ハムから戦力外通告された津田大樹投手の件は不可解である。
同投手は岡山・倉敷高校からドラフト3巡目で入団したプロ入り2年目の投手である。
表向きは、度重なる怪我の影響でとなっているが、巷の噂では素行不良によるものといわれている。
1年目のシーズンオフに背番号が48から70に変更された理由が素行不良によるものだったことが、この噂の源となっている。

この津田投手は本当に素行不良だったのかは分からないが、入団前の記事によると、寮暮らしだった高校時代は、1日5回の休み時間も強化トレーニングに費やし、水が入った2リットルのペットボトルを手に持ち、3方向に100回ずつ。手首の強化のため、1日1500回をノルマにした。山本監督の勧めもあり、練習もプロ入りを意識したものだったと報じられている。
どうも、この記事だけで判断すると練習嫌いではないようだし、負けず嫌いの性格のようだ。そもそも素行不良か否かはスカウトが調査しているはずであるから、プロ入り前までは、特に問題は無かったのだろう。

となると、プロ入り後に何かがあったのだと思う。本人にも問題があったのだと思うが、素行不良で背番号変更がニュースになること自体、珍しい。
球団も高卒新人に対して、どのように指導してきたのかとも思う。
そこで思い当たるのが、同期入団の中田翔。
彼も素行不良が問題とされているが、ルーキーイヤーに骨折を、普段の素行不良を理由に、本人の申し出を軽視して検査が遅れた事件がありました。

日ハムは過去にも小山桂司捕手、市川卓内野手に対して素行不良を理由に減俸したことがありました。寝坊や課せられた練習に不参加、チーム規律を破るなど野球に取り組む姿勢を問題視したらしい。

どうして、この球団は素行不良が多いのか。果たして本当に素行不良といえるレベルだったのか。

今回の津田投手の件は、同投手かか日本ハムの規律に馴染めず、素行不良というレッテルを貼られた結果なのだろうか。
とにかくドラフト上位指名で僅か2年で戦力外とは、余程何か問題があったのだと思うが、本当に不可解である。

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